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名古屋高等裁判所 昭和47年(う)510号 判決

被告人 伊藤重郎 外二名

主文

本件各控訴を棄却する。

訴訟費用(略)

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人平塚子之一作成名義の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

論旨二(判決に理由を付せず、又は理由にくいちがいがあるとの点)について、

原判決の罪となるべき事実第六には、「被告人広田新七は、同月一二日頃から同月二八日迄の間、前後約四回に亘り、同所に於て、

一、右候補者の為投票依頼等の選挙運動を為したことの報酬とする目的を以つて、

(一)  右候補者の選挙運動者波多野栄吉に対し、現金合計約一万三、五〇〇円、

(二)  同石井静乃に対し、現金合計金一万七、〇〇〇円、

(三)  同角江節江に対し、現金合計約七、〇〇〇円、

二、被告人中田文一に対し、右候補者の為投票取りまとめ等の選挙運動を為したことの報酬とする目的を以つて、現金合計金二万二、〇〇〇円を供与し、」

と認定判示しているところ、成程右事実一、の(一)、(二)、(三)については判示各金員をどうしたかの文言の表示を欠くことは所論指摘のとおりである。しかしながら、右判文の体裁、文章の前後関係を吟味考察すれば、右各金員を供与したとの事実を認定判示する以外の趣旨には理解することができず、従つて正確には右事実記載の末尾に行を改めて「を供与し」との文言を付加訂正すべきである。結局右事実に関する原判示はその表現方法に不正確な点があることは否定しえないが、その示すところは、被告人広田新七は、判示三名に対し判示各金員を供与した、というにほかならないし、また右の事実に関する原判示法令の適用をみれば、「同第六の各所為(いずれも包括的に一個の行為と認める)は、公職選挙法第二二一条第一項第三号に該当する」として、いわゆる事後報酬供与罪の成立を肯定しているものであるから、事実に対する法令の適用も符合することが明らかである。

されば、原判決には所論のいうような理由不備ないしは理由にくいちがいが存するものとは認められない。論旨は理由がない。

論旨三(事実誤認)について、

(一)、まず、原判示第五の事実に関し、佐藤愛子、小滝智恵子、伊藤八重子、山口一子に対する判示各金員の交付は選挙運動の報酬ではなく、労務賃金であるとの論旨につき案ずるに、関係各証拠によれば、右佐藤愛子ら四名は、いずれも家庭の主婦であつて、それぞれ知人などから紹介されて、いわゆる日当稼ぎが目当で選挙運動期間中の昭和四二年一月二六日から二八日迄の三日に亘つて電話により福井候補への投票依頼の仕事に従事したものであるが、その方法は予め指定された二か所の電話機を使用し、二人一組となつて適宜交代しながら、豊橋市内の電話帳により指示された箇所をその記載の順を追つて架電するもので、その際相手方に対する投票依頼の文言はメモ紙に書いて与えられたところに従い「こちらは福井勇の選挙事務所ですが、二九日の投票日には福井をよろしくお願いします」との趣旨内容であつて、これに対し多くの場合相手方から何らかの応答があつたこと、及び右の方法により一人一日平均二五〇軒位の家庭に対し投票依頼を行なつたことなどの事実が認められる。

ところで、一般に公職選挙法にいう選挙運動とは、特定の選挙につき特定の人に当選を得しめるため投票を得若しくは得しめる目的を以つて、直接または間接に必要かつ有利な周旋、勧誘若しくは誘導その他諸般の行為をなすことをいうものであると解されているが(昭和三八年(あ)第九八四号事件同年一〇月二二日最高裁第二小法廷決定参照)、これを本件についてみるに、佐藤愛子ら四名の前認定の電話による投票依頼の所為は、いずれも昭和四二年一月二九日施行の衆議院議員総選挙に際し、特定された多数の選挙人に対し、特定の候補者の氏名を告げ、該候補者に投票せられたい旨個々的に直接働きかけて投票を勧誘したことにほかならず、その行為の性質上個々の電話先の相手方との応答時間、或いは相手方の応答内容に対処しての電話の切り方等裁量に委ねられた点が全くないわけではないし、そしてかかる行為は候補者への投票獲得の手段をなすことが明らかで、それ自体候補者を当選させる目的が存したことを否定しえない性質のものであるから、佐藤愛子ら四名の右行為は公職選挙法にいう選挙運動に該ると認めるのが相当である。しかして、右佐藤ら四名に対する原判示交付金員は、いずれも原判示のとおり選挙運動の報酬と認むべきであつて、これを単なる労務行為に基く労務賃金とする所論の見解は是認することができない。

(二)、次に、原判示第六の一の事実に関し、波多野栄吉、石井静乃、角江節江に対する判示各金員の交付は選挙運動の報酬ではなく、労務賃金であるとの趣旨につき案ずるに、(イ)波多野栄吉については、関係各証拠によれば、同人は自民党院外団豊橋支部幹事の肩書を持ち、古くからしばしば公職の選挙に選挙運動者として携わつてきたものであること、本件の選挙においても福井勇候補を支持し、同人に当選を得させるため進んでその応援をしようとしたものであり、既に同候補の豊橋地区選挙事務所の開設準備にも関与し、同事務所における街頭宣伝部責任者として選挙運動期間中の昭和四二年一月八日から同月二七日までの間殆ど連日の如く街頭宣伝自動車に乗車して各地区を廻つていたこと、その仕事の主な内容は自動車の道案内とされているものの、同事務所で計画された重点的なコースの指令書に基き、具体的な行程、道順、時間などを勘案し、なるべく効果のあがる人家の多い道を選んで通るというような采配をも任務の内容としていたことが窺われること、なお街頭宣伝車に乗らないときは同事務所にいて来客の選挙人によろしくなどと挨拶していたこと等の各事実が認められる。右の各認定事実を綜合すると、波多野栄吉は街頭宣伝車の責任者であり、実際上も道案内役とはいえ道筋など自主的判断に任された部分が存し、いわばこの点において街頭活動についての経験と技術を駆使すべき立場にあつてこれを実行し、当該特定の選挙に際して特定候補者に投票を獲得させ、その当選を得させるための不特定多数の選挙人への街頭宣伝活動を有効ならしめる行為をなしたものであるから、前記選挙運動の意義に徴しても、右波多野は公職選挙法にいう選挙運動をしたものと認めるべく、右行為を目して所論のいうように単なる機械的労務とはなし難い。(ロ)石井静乃、角江節江については、関係各証拠によれば、同人らは当時家事などの手伝をしていたもので独立の職を持つていなかつたところ、いずれも被告人中田文一から依頼され、いわゆる日当稼ぎが目当てで選挙運動期間中の昭和四二年一月八日から同月二八日までの間に右石井は約一七日間、右角江は約一〇日間に亘つて街頭宣伝車に乗り、各地を廻つて同車上から拡声器を通してその地区の住人や通行人に対し投票を呼びかけたものであるが、右呼びかけの内容は、予め指示されたところに従い「福井候補にお願いします。」「福井勇をお願いします。」「よろしくお願いします。」といつたもので、同候補の氏名をできる限り数多く繰りかえして告げるものであり、時には即席で同候補者に有利と思われる文句を考えて付加したこともあり、また通行人などに頭を下げたり手を振つたりしたような動作を伴うこともあつたが、その仕事の実態はいわゆる連呼行為であつたことが認められる。そこで石井静乃、角江節江のなした右連呼行為が、前掲選挙運動の意義に照して、いわゆる選挙運動に該るか否かにつき考察するに、同人らは、いずれも前示特定の選挙に際し、不特定多数の選挙人に対し、特定の候補者の氏名を連呼し、該候補者に投票せられたい旨直接働きかけて投票を勧誘する行為をしたものにほかならず、その際、場所に応じた呼びかけ回数、候補者に有利な即席文句や任意の動作による宣伝、演出等裁量の余地がないとはいえないし、そしてかかる行為も明らかに同候補者への投票獲得の手段をなすものであつて、その行為自体候補者を当選させる目的が存したことを否定しえない性質のものであるから、石井静乃、角江節江の右行為は、公職選挙法にいう選挙運動に該ると認めるのが相当であり、右両名の行為を目して所論のいう如く単なる機械的労務とは認めえない。

右の次第であるから、波多野栄吉、石井静乃、角江節江に対する原判示交付金員は、いずれも原判示のとおり選挙運動の報酬と認むべきであつて、これを労務賃金とする所論の見解は是認できない。

(三)、更に、原判示第六の二、及び第七の各事実につき、右認定判示の各金員は、被告人中田文一の届出事務員としての報酬であることを前提とする免訴を求める論旨について案ずるに、関係各証拠によれば、被告人中田文一は自民党院外団豊橋支部副幹事長の地位にあつたものであるが、本件の選挙では同院外団愛知県総務部長萩俊弘からの依頼により、同選挙における候補者福井勇の選挙運動に関与するに至つたものであること、同候補の豊橋選挙事務所では庶務担当責任者として、その職務内容は選挙運動員、労務者の斡旋、宣伝自動車の巡回コースの計画決定・選挙ポスターの見廻り、個人演説会場の手配等各般の庶務的行為を統合、企画、指揮していたものであつて、その実態は正に中枢的地位にある選挙運動員というのほかなく、従属的地位にあるいわゆる事務員とは異なるものであることが明らかであり、更に同被告人に対する原判示各金員も届出事務員に対する報酬として法律が当時定めていた金額を超えるものであつて、右いかなる観点からするも、これをもつて届出事務員に対する報酬とは認め難いとしなければならない。されば、これが同被告人の届出事務員としての報酬であることを前提とする所論はその前提を欠くもので到底採用できない。

(四)、更にまた、原判示第一の二の(一)、(二)の(ロ)、同第二の二の(三)及び同第四の一、二の各事実につき、右認定判示の各金員は福井候補の豊橋選挙事務所の費用であつて、選挙運動の報酬等として授受されたものではないとの論旨につき案ずるに、関係各証拠によれば、右各金員は、同選挙事務所における選挙運動資金として被告人伊藤重郎らから被告人広田新七に手交せられたものであるが、右選挙運動資金とは、投票取りまとめ等の選挙運動の報酬等のほか同事務所における費用をも含む趣旨であり、割合が不分明なままその都度一括して授受されたことが認められる。そうとすれば、右のような場合右金員の事後処分の内容に関係なくその金額全体が不可分的に違法性を帯び、右の金額についてそれぞれ原判示のとおり供与罪、受供与罪の成立を肯定すべきであるから、原判示認定には所論のいうような誤りは認められない。

(五)、進んで、原判示第一の一の(一)ないし(五)、第二の一の(一)ないし(三)の各事実につき、右認定判示の各金員は福井候補の豊橋選挙事務所の費用であつて、選挙運動の報酬として授受されたものではないとの論旨につき案ずるに、関係証拠によれば、右各金員は前項と同趣旨にて、同様その割合が不分明なままその都度一括して被告人伊藤重郎らにおいて尾崎辰三郎から供与を受けたことが認められ、そうとすれば、右全額について違法性を帯びること前説示のとおりであるから、この全額について原判示のとおり被告人伊藤重郎につき受供与罪の成立を免れない。原判示認定には所論のいうような誤りは認められない。

(六)、最後に、原判決の被告人広田新七に対する追徴金額には事実誤認があつて不当であるとの点につき案ずるに、同被告人が被告人伊藤重郎らから供与を受けた原判示第四の一、二に認定の各金員の趣旨については前説示のとおりいわゆる投票買収資金のほか選挙費用をも含む趣旨であつたと認められるものであるが、その割合の不分明な一括交付である故その全額が不可分的に違法性を帯び、全額につき被告人広田に受供与罪の成立を認めるべきである以上、同被告人がたとえその後右金員の中から一部所論のいうような費用の支出をなしたものとしても(同被告人に対する原判示三個の受供与事実との関係で、各事実につき、適法な費用支出額をそれぞれ証拠上確定できない。)、追徴の関係においてのみこれを可分のものと解して追徴金から控除しなければならないいわれはなく(昭和三一年(あ)第七七七号事件同年一〇月九日最高裁第三小法廷決定参照)、かかる場合は前記の如き趣旨の下にその処分を一任されて供与された金員中から同被告人自ら任意の支出をしたに過ぎないもので、その金額の追徴は免れないというべきである。

されば、原判決の被告人広田新七に対する追徴金額には所論のいうような誤りは認められない。

如上の次第であるから、所論指摘の事実誤認の論旨はいずれも理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条に則り、本件各控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用については、同法一八一条一項本文を適用して、主文掲記のとおり被告人広田新七、同中田文一にそれぞれ負担させることとし、主文のとおり判決する。

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